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福井地方裁判所 昭和56年(ワ)11号 判決 1983年2月15日

原告 高島永記

右訴訟代理人弁護士 前波實

被告 株式会社 永田藤作商店

右代表者代表取締役 永田圭吾

右訴訟代理人弁護士 野村侃靱

同 今井覚

主文

一  原告と被告間の福井地方裁判所昭和五五年(手ワ)第七二号約束手形金請求事件について同裁判所が昭和五六年一月二〇日言い渡した手形判決を取消す。

二  原告の請求を棄却する。

三  手形訴訟の訴訟費用及び異議申立後の訴訟費用はともに原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し金三〇六万二二二〇円およびこれに対する昭和五五年九月九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因及びこれに対する被告の認否は、本件手形判決事実摘示第二の一、二と同一であるから、これをここに引用する。

二  抗弁

1(一)  被告は昭和五五年六月一二日頃訴外越路繊維株式会社(以下訴外会社という)から、クラレRB一三五―四八、CF二二三、ロット四一七の原糸四一一八キログラム(以下本件原糸という)を、単価一キログラムあたり金五四〇円、総額金三〇六万二二二〇円(パーン代金込み)で買受け、本件手形を右代金支払のため訴外会社に振出交付したものである。

《以下事実省略》

理由

一  請求原因事実についての認定判断は、本件手形判決理由説示一と同一であるから、これをここに引用する。

二  被告の抗弁1の(一)の事実は当事者間に争いがない。ところで、《証拠省略》を総合すると次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

1  株式会社クラレ製造のクラベラRB一三五―四八、CF二二三という商品表示の糸は、本来仮撚可能な原糸である。しかし右品種のうちロット番号四一七のもの(これが本件原糸である。)は、他のロットのものと全く同一のラベルで表示されており、等級もA格と表示されているが、仮撚不適格糸であり、これを前提として昭和五三年の下半期にクラレからその販売会社帝人商事を通じて大阪の寺岡商事株式会社へ販売され、以後転々流通して訴外会社が入手したものである(ただし、本件原糸が仮撚不適格糸であることを訴外会社において了知していた事実を認めるに足る証拠はない。)。

2  被告の常務取締役である永田治は、昭和五五年六月七日ころ、訴外会社の児玉及び代表者中村賢治に対し、仮撚して使用する目的を明示して本件原糸の購入を申入れ、右中村も被告の使用目的に沿うものとして、これを売渡すことにした。永田は直ちに仮撚業者である赤田強に本件原糸の仮撚を依頼したところ、赤田は二、三年前の古い糸ならば商品のいたみ具合を調べたい旨永田に告げた。そこで永田は訴外会社から見本として本件原糸一ケース(三〇キログラム入り)を買入れ、訴外会社をしてこれを赤田へ直送させたところ、赤田はその外形及び商品表示(ラベル)を見て仮撚可能な糸であると判断し、被告からの加工委託を受注した(被告が右見本により仮撚可能か否かを予め赤田に検査させた旨の原告の主張を認める証拠はない。)。そして同月一一日ころ永田は訴外会社から本件原糸(四一一八キログラム)を単価一キログラムあたり五四〇円(通常の価格は七五〇円程度であるが、古い糸ということでその七割余の廉価になったもの)で正式に買入れ、赤田が指定した仮撚工場(松文産業株式会社)へ本件原糸を直送させ、その売買代金(パーン代金込み)の支払として本件手形を振出し、訴外会社に交付した。

3  前記松文産業は本件原糸の四分の一、約一トンを仮撚したが、糸切がはなはだしく、回転数を落して仮撚したものの責任をもてるような品質の糸ができなかったので、同年七月一〇日ころ加工契約を解約した。そこで赤田は、酒伊繊維株式会社鯖江工場へ残り約三トンの本件原糸を送り、仮撚加工を委託した。しかし同工場も糸の状態が仮撚に適さない(解舒できない。)と判断して受注を断わって来たので、被告は同月二五日ころ訴外会社に対し本件原糸が不良品である旨通知し、返品を申入れた。その後訴外会社の紹介により、被告は小松市の中村合繊に対し、本件原糸一ケースの仮撚テストを依頼したが、同工場の仮撚結果も松文産業のそれと同程度であった。

4  そこで被告は、同年九月四日ころ訴外会社に到達した内容証明郵便(同月三日発送)により、本件原糸の返品を申入れるとともに、同月八日支払期日の本件手形の支払を拒絶する旨通告して、本件売買契約解除の意思を表示した。

三  右認定事実によれば、被告及び訴外会社はともに、不特定物であるクラベラRB一三五―四八、CF二二三のうち、ロット番号四一七の本件原糸四一一八キログラムを特定し、その商品ラベルの記載から見て仮撚可能な原糸であるとの前提のもとに、仮撚して使用する目的を契約内容に含めて売買したものであるというべきところ、本件原糸は製造元から仮撚不適格糸として出荷され、流通していたものであったのであるから、本件原糸には隠れた瑕疵があったというほかない。この瑕疵の存在を訴外会社の児玉、中村らが売買契約時に知っていたと認める証拠はないから、被告のいう詐欺による取消の主張は失当である。しかし、右瑕疵の内容に照らせば、本件売買契約の目的を達し得ない程度の瑕疵であるというほかないので、これを理由とする被告の訴外会社に対する本件売買契約の解除の主張は理由がある。また仮撚不適格糸を給付した訴外会社の行為は、追完不能な不完全履行というべきであるから、これを理由とする契約解除の主張も理由がある。

四  《証拠省略》を総合すると次の事実が認められる。

1  訴外会社は、昭和五五年六月中に、取引銀行である福井相互銀行成和支店において、本件手形の割引を受けていたのであるが、被告から本件原糸の返品及び手形金支払拒絶の通知を受けた日(前記認定のとおり同年九月四日ころ)の直後である同年九月六日、同行から本件手形を買戻し、同日から本件手形の支払期日である同月八日までわずか二日しか日数がないのに、その間に本件手形を原告に裏書したものである。

2  訴外会社の代表者中村賢司と原告とは高校の同級生で、卒業後もゴルフ等で交際を続けており、また原告が金融業を営んでいるので、中村は原告から手形決済資金を短期間、格別安い金利で融通してもらうことが時々あった。右両名はこのように極く親しい間柄にあった。

3  ところで、中村及び原告は、訴外会社の昭和五五年九月一日の手形決済資金不足を補うため、前日の八月三一日、中村が原告から一〇日間の約束で金三五〇万円を借受けた旨供述し、中村は更に、右借入金の返済のため、一日でも早い方が良いと考えて、買戻した本件手形を原告に裏書した旨証言している。なるほど訴外会社はその取引銀行の一つである福井銀行花月支店において、同年九月一日、一五〇〇万円余の手形を決済しているが、その資金は商業手形の割引金及び福井相互銀行成和支店からの借入金の振替により十分足りていたのである。そして同年八月三一日及びその前後に、訴外会社の取引銀行三行の当座に現金三五〇万円が入金された形跡はなく、他に中村及び原告の供述する金三五〇万円の貸借を示す文書も記録も提出されていない。

五  右事実に照らせば、訴外会社が被告に対し直接本件手形金の支払を請求すれば被告から支払拒絶の抗弁を受けることを、原告は本件手形取得時に知っていたものと認めるのが相当であ(る。)《証拠判断省略》

六  以上によれば、被告は、訴外会社に対する原因関係上の抗弁(契約解除)を、原告に対しても主張することができるのであり、被告の抗弁1は理由がある。よって、原告の本訴請求は失当であるからこれを認容した本件手形判決を取消して、原告の本訴請求を棄却することとし、民訴法八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林克美)

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